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専業トレーダー DaTsU

主人公は僕だった

主人公ハロルドは、規則正しすぎる国家の役人だ。

ふとしたきっかけで、この時計に縛られた生活を変えようと決心することになった。

奇想天外なストーリーだが、人生とは何か。

少し立ち止まって考えてみることができる心温まる作品に仕上がっている。


大学教授役のダスティンホフマンが相変わらずいい役を演じている。
まだまだ健在也を証明してくれた。




〈過去12年間、ハロルドは毎日32本の歯を合計76回みがいた。ハロルドは毎日ネクタイをシングルで結んだ。ダブルより最大43秒節約できるからだ。ハロルドは毎日1ブロックを57歩で6ブロック走り、8時17分のバスに飛び乗った。ハロルドは毎日平均7.134件の会計書類を調べた。一人で歩いて帰宅し、毎晩11時13分に一人で床についた〉。

深みのある女性の声が、真面目な国税庁職員ハロルドの退屈な日常を、小説を朗読するように描写する。よくある主人公の紹介だと思っていると、この声はハロルドの耳にも聞こえているらしい。幻聴か? しかし、〈この些細な行為が死を招こうとは、彼は知る由もなかった〉というフレーズを聞いた時、さすがにハロルドも平静ではいられなくなる。

何とも奇妙なシチュエーションだ。私は映画を見ながらこの状況を推測する。やがて、ハロルドはある大学の文学教授のもとを訪れ、この声の主がかつて人気を博した純文学悲劇作家カレンのものであることを突き止める。ハロルドはカレンが執筆中の小説の主人公だったのだ。そして、彼女の小説ではいつも主人公は死ぬ運命にある、のだ。

映画は、やがてカレンの姿を映し出す。彼女はどうやってハロルドを死なせようか迷っている。私は、ハロルドとカレンの関係について考える。最初は、カレンが実在の人物で、ハロルドは彼女の小説の中の人物だと思った。しかし、カレンが画面に現れると、彼女がハロルドの妄想の中の人物だと思い直した。しかし、どちらも正解ではない。映画は、ハロルドにカレンへのコンタクトをとらせ、違う世界に住んでいるはずの二人を強引に一つの世界に同居させる。そして、ファンタジーの領域へと進んでいく。

ハロルドは自分の命がかかっているから、何とかラストを書き直してもらわなければならない。カレンは久々の傑作の誕生を約束する秀逸なラストを変更するわけにはいかない。二人のリアルで切実な感情は、ファンタジーの中で宙ぶらりんになる。そして、奇想天外なシチュエーションの驚きは、身近で普遍的で教訓めいた[人生のやり直し]のドラマとなって、あるべき真っ当な結末に着地する。驚きは、物語性の中に埋没する。

ハリウッドで争奪戦になったという秀逸な脚本を、破綻なく映画化した巧妙な演出は、感傷や情感を排したクールな視点を感じさせる。



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